「BtoBマーケティングの施策が多すぎて、自社は何から手をつければいいのかわからない」——これは、BtoB企業のマーケティング担当者から最も多く聞かれる悩みです。SEO、ホワイトペーパー、ウェビナー、展示会、MA、インサイドセールス、ABM。書籍やWeb記事を読むたびに新しい手法の名前が出てきて、リストばかりが長くなっていきます。
しかし実際のところ、施策そのものに優劣はありません。問題は「自社の顧客が今どの検討段階にいるのか」を整理しないまま、目についた施策に飛びついてしまうことです。認知が取れていない企業がいきなりナーチャリング用のメール配信を始めても、送る相手がいません。逆に、リードは数千件あるのに商談化の仕組みがない企業が広告費を増やしても、リストが肥大化するだけです。
この記事では、BtoBマーケティングの主要施策をカスタマージャーニーの5フェーズ(認知・リード獲得/リード育成/商談・受注/顧客維持・LTV向上)に沿って整理し、それぞれの具体的な進め方と向き不向きを解説します。あわせて、施策を選ぶ前に必要な自社診断の視点、KPI設計、営業との連携方法まで扱います。読み終える頃には、「施策の一覧」ではなく「自社が次に取り組むべき施策の順番」が見えているはずです。
BtoBマーケティング施策とは
BtoBマーケティング施策とは、法人顧客に自社の製品・サービスを認知してもらい、見込み顧客(リード)として接点を持ち、購買意欲を高め、商談・受注につなげ、さらに継続利用と取引拡大を実現するための一連の打ち手を指します。単発の広告出稿やイベント出展を指す言葉ではなく、購買プロセス全体を設計したうえで配置される施策群と捉えるのが正確です。
重要なのは、BtoBでは「マーケティング施策」と「営業活動」の境界が曖昧になりやすい点です。リード獲得までがマーケティング、その先は営業、という単純な線引きでは成果が出ません。後述するインサイドセールスやABMのように、マーケティングと営業がひとつのプロセスとして連動する施策が近年の主流になっています。
BtoCマーケティングとの違い
BtoBとBtoCでは、購買の構造そのものが異なります。この違いを理解しないままBtoC的な発想で施策を組むと、コストばかりかかって成果が出ません。
| 比較軸 | BtoBマーケティング | BtoCマーケティング |
|---|---|---|
| 購買の主体 | 組織(会社)としての意思決定 | 個人の意思決定 |
| 意思決定の関与者 | 起案者・利用者・技術評価者・決裁者など複数人が関与するのが一般的 | 本人、または家族など少人数 |
| 検討期間 | 数か月〜1年以上に及ぶことも多い | 即日〜数週間が中心 |
| 判断基準 | 費用対効果、導入リスク、社内稟議の通しやすさなど合理性重視 | 好み・感情・ブランドイメージの影響が大きい |
| 取引単価 | 高額かつ継続取引になりやすい | 比較的少額・単発が多い |
| ターゲット母数 | 限定的(数百〜数万社) | 大規模(数十万〜数千万人) |
特に押さえるべきは、BtoBの購買には複数の関与者がいるという点です。この意思決定に関わる集団はDMU(Decision Making Unit)と呼ばれ、調査会社の分析では1件の購買に6〜10人程度が関わるケースが多いと指摘されています。現場担当者にとって魅力的な訴求と、決裁者が稟議を通しやすい訴求は別物です。そのため、BtoBでは「誰に、どの情報を、どのタイミングで届けるか」を関与者ごとに設計する必要があります。
もうひとつの違いは検討期間の長さです。BtoCなら広告を見た当日に購入されることもありますが、BtoBでは資料をダウンロードしてから実際に商談化するまで半年以上空くことも珍しくありません。だからこそ、獲得したリードを放置せず接点を維持し続ける「ナーチャリング」の工程が不可欠になります。
施策を考える前に押さえるべき前提(カスタマージャーニーとフェーズ分け)
施策を選ぶ前にやるべきことは、自社の顧客がどのような流れで購買に至るのかを可視化することです。これがカスタマージャーニーの設計で、BtoBでは一般的に次の5フェーズに整理されます。
| フェーズ | 顧客の状態 | 主な目的 | 代表的な指標 |
|---|---|---|---|
| 1. 認知 | 課題は感じているが解決手段を知らない | 自社を選択肢に入れてもらう | 表示回数、セッション数、指名検索数 |
| 2. リード獲得 | 情報収集を始めた | 連絡先を取得し接点を作る | リード数、CPL(リード獲得単価) |
| 3. リード育成 | 比較検討している | 購買意欲を高め商談化する | MQL数、商談化率、開封率 |
| 4. 商談・受注 | 導入可否を判断している | 受注につなげる | 商談数、受注率、平均単価 |
| 5. 顧客維持・LTV向上 | 導入済み | 継続利用と取引拡大 | 解約率、更新率、アップセル額 |
このフェーズ分けが施策整理の土台になります。以降の章では、各フェーズにどの施策が対応するのかを具体的に見ていきます。
なお、BtoBマーケティングの世界では「リードジェネレーション(獲得)」「リードナーチャリング(育成)」「リードクオリフィケーション(選別)」の3つをまとめてデマンドジェネレーションと呼びます。用語が並ぶと難しく感じますが、要は「見込み客を集めて、育てて、営業に渡せる状態にする」という一連の流れのことです。
リード獲得(ジェネレーション)フェーズの施策
まずは自社を知ってもらい、連絡先を取得するフェーズです。ここでの成否が後工程すべてに影響するため、多くの企業が最も投資している領域でもあります。
オンライン施策(SEO・広告・SNS・ホワイトペーパー等)
SEO・コンテンツマーケティングは、課題を検索している見込み客に自社サイトへ来てもらう施策です。BtoBでは「◯◯ とは」「◯◯ 比較」「◯◯ 費用」といった検索キーワードに対応した記事を継続的に公開し、検索エンジン経由の流入を積み上げます。成果が出るまで半年〜1年程度かかる一方、一度上位表示されれば広告費なしでリードを獲得し続けられる資産型の施策です。
ホワイトペーパー(お役立ち資料)は、業界レポートやノウハウ集、チェックリストなどをフォーム入力と引き換えに提供し、リードの連絡先を取得する手法です。BtoBのリード獲得では中心的な役割を担います。効果を出すコツは、自社製品の紹介資料ではなく「顧客の課題解決に役立つ情報」を主役にすることです。製品カタログをホワイトペーパーと称して配布しても、ダウンロード数は伸びません。
ウェビナー(オンラインセミナー)は、コロナ禍以降にBtoBの主力施策として定着しました。会場費・移動コストがかからず、地方や海外からも参加できるため、開催のハードルが低いのが特徴です。ホワイトペーパーに比べてリード1件あたりの獲得コストは高くなりがちですが、参加者は数十分間にわたって自社の話を聞いているため、その後の商談化率が高くなる傾向があります。リード獲得単価(CPL)の安さだけで施策を比較すると判断を誤りやすく、商談化率まで含めた実質的な効率で評価することが重要です。
Web広告には、検索連動型のリスティング広告、ディスプレイ広告、SNS広告などがあります。BtoBで即効性を求めるならリスティング広告が第一候補です。「◯◯ ツール 比較」のような顕在層キーワードに出稿すれば、比較検討中の見込み客に直接アプローチできます。ただし競合が多い領域はクリック単価が高騰しやすく、リード獲得単価が数万円規模になることもあります。SNS広告のうち、BtoBでは役職・業種・企業規模でターゲティングできるプラットフォームが使いやすく、ホワイトペーパーの配布と組み合わせる形がよく取られます。
SNS運用・オウンドメディア外の発信としては、企業アカウントによる情報発信、経営者や現場担当者による個人アカウントでの発信、外部メディアへの寄稿、プレスリリース配信などがあります。いずれも即座にリードを生む施策ではありませんが、指名検索の増加やブランド認知の底上げに寄与します。
オフライン施策(展示会・セミナー・DM等)
オンライン施策が主流になった今も、オフライン施策には固有の強みがあります。
展示会出展は、短期間でまとまった数の名刺を獲得できる施策です。業界特化型の展示会であれば、来場者の多くが関連領域の担当者であるため、ターゲットとの接点効率が高くなります。一方で出展費用・装飾費・人件費を含めると数百万円規模の投資になることも多く、獲得した名刺を放置すると費用対効果が一気に悪化します。展示会は「名刺を集める施策」ではなく「その後のフォロー体制まで含めた施策」と捉えるべきです。
オフラインセミナー・カンファレンスは、参加者と直接会話できる点が最大の価値です。ウェビナーより集客のハードルは高いものの、参加した時点で関心度が高く、その場で商談につながることもあります。自社単独開催が難しい場合は、パートナー企業との共催セミナーが有効な選択肢になります。
DM・手紙(CxOレター)は、大企業の役員クラスにアプローチしたい場合に使われる手法です。メールが埋もれやすい相手でも、紙の手紙は秘書経由で本人に届く可能性があります。数を打つ施策ではなく、狙う企業を絞り込んだうえで内容を個別に作り込むことが前提です。
テレアポ・アウトバウンドコールは、古典的ながら今も一定の役割を持ちます。特にターゲット企業が限定的で、Webでの情報収集をあまり行わない業界では有効です。
既存顧客からの紹介(リファラル)は、獲得コストが低く成約率も高い、費用対効果に優れた経路です。ただし偶発的に発生するのを待つのではなく、紹介を依頼するタイミングや仕組みを設計してこそ再現性が生まれます。
| 施策 | 即効性 | コスト感 | 向いているケース |
|---|---|---|---|
| SEO・コンテンツ | 低(半年〜) | 中(人件費中心) | 中長期で安定した流入基盤を作りたい |
| ホワイトペーパー | 中 | 低〜中 | リード数を効率よく積み上げたい |
| ウェビナー | 中 | 中 | 商談化率の高いリードが欲しい |
| リスティング広告 | 高 | 中〜高 | 今すぐ顕在層に接触したい |
| 展示会 | 高 | 高 | 短期間で大量の名刺を得たい |
| DM・CxOレター | 中 | 中 | 大手企業の決裁者に接触したい |
| 紹介・リファラル | 中 | 低 | 既存顧客の満足度が高い |
リード育成(ナーチャリング)フェーズの施策
獲得したリードの大半は、すぐには購入しません。「情報収集はしたが、導入は来期以降」という状態のリードをいかに保温し、検討再開のタイミングを逃さず捉えるかが、このフェーズのテーマです。
メールマーケティングとMAの活用
メールマーケティングは、ナーチャリングの中核を担う施策です。大きく分けて、全リードへ定期配信するメールマガジンと、資料ダウンロードなどの行動を起点に事前設計したシナリオで自動配信するステップメールがあります。
メルマガでは、製品の宣伝ばかり送ると開封率が下がっていきます。業界動向、他社の取り組み、実務で使えるノウハウなど、読み手にとって有益な情報を軸にしながら、自然な形で自社コンテンツへ誘導する構成が有効です。
MA(マーケティングオートメーション)は、リードの属性情報と行動履歴を蓄積し、メール配信やスコアリングを自動化するツールです。「料金ページを閲覧した」「導入事例を3回見た」といった行動に点数を付け、一定のスコアを超えたリードを営業に引き渡す、といった運用ができます。
ここで整理しておきたいのが、MA・SFA・CRMの役割分担です。
| ツール | 主な役割 | カバーするフェーズ |
|---|---|---|
| MA(マーケティングオートメーション) | 見込み客の獲得・育成、メール自動配信、スコアリング | 認知〜リード育成 |
| SFA(営業支援システム) | 商談・案件の進捗管理、営業活動の記録 | 商談〜受注 |
| CRM(顧客関係管理) | 顧客情報・取引履歴の一元管理 | 受注後〜継続取引 |
MAは強力なツールですが、導入すれば成果が出るものではありません。配信するコンテンツが揃っていない状態でMAを導入しても、送るものがなく機能が遊びます。まずは事例記事やホワイトペーパーなど配信素材を用意し、シナリオを設計してから導入するのが順序として妥当です。
事例コンテンツ(導入事例)は、ナーチャリングにおける最重要コンテンツのひとつです。BtoBの購買では「同業他社や同規模の企業が成功しているか」が判断材料になります。業種別・企業規模別・課題別に事例を揃えておくと、検討段階のリードに刺さる情報を届けやすくなります。
リターゲティング広告は、一度サイトを訪問したユーザーに再度広告を表示する手法です。検討期間が長いBtoBでは、忘れられないための接点維持として機能します。
インサイドセールスによる見込み度の見極め
インサイドセールスは、電話・メール・オンライン商談などを使い、リードの状況をヒアリングして商談化の可否を見極める役割を担います。マーケティングと営業(フィールドセールス)の間をつなぐポジションです。
インサイドセールスは役割によって大きく2種類に分かれます。
| 種別 | 正式名称 | アプローチの起点 | 主なターゲット |
|---|---|---|---|
| SDR | Sales Development Representative | 問い合わせ・資料請求などの反響対応(インバウンド) | 中小〜中堅企業が中心になりやすい |
| BDR | Business Development Representative | 自社から仕掛ける新規開拓(アウトバウンド) | 大手・エンタープライズが中心になりやすい |
SDRはマーケティング施策で獲得したリードに素早く接触し、確度を見極めます。BDRは狙いたい企業をリストアップして自らアプローチをかけるため、後述するABMと組み合わせやすい形態です。
このフェーズで必ず定義しておきたいのがMQLとSQLです。MQL(Marketing Qualified Lead)はマーケティング部門が「営業に渡す価値がある」と判断したリード、SQL(Sales Qualified Lead)は営業が実際に商談を進める価値があると認めたリードを指します。この基準が部門間で共有されていないと、「マーケが渡すリードは質が低い」「営業がフォローしてくれない」という対立が起きます。基準を文書化し、定期的に見直すことが、両部門の摩擦を減らす現実的な方法です。
商談・受注フェーズの施策
リードが商談化したあとも、マーケティング側にできることは多くあります。営業任せにせず、受注率を引き上げる仕組みを整えるフェーズです。
ABM(アカウントベースドマーケティング)
ABM(Account Based Marketing)は、不特定多数のリードを集めるのではなく、自社にとって価値の高い特定企業を選定し、その企業に絞って個別最適化したアプローチを行う手法です。従来のリード単位のマーケティングが「個人」を起点にするのに対し、ABMは「企業(アカウント)」を起点にする点が本質的な違いです。
ABMが適しているのは、取引単価が高く、ターゲット企業数が限られている事業です。年間契約額の大きいエンタープライズ向けSaaSや、大手製造業を顧客とする専門サービスなどが典型例です。逆に、単価が低く広く薄く売る事業ではコストが見合いません。
ABMの進め方は、おおむね次の流れになります。
- 既存顧客の分析から「理想的な顧客像(ICP)」を定義する
- 条件に合致するターゲット企業リストを作成する
- 各企業の組織図・関与者・課題仮説を調査する
- 企業ごとにコンテンツやアプローチを個別設計する
- マーケティングと営業が同じリストを見ながら連携して接触する
- 企業単位で進捗と成果を評価する
ABMを支える手法として近年注目されているのがインテントデータの活用です。これは、Web上の検索行動や閲覧履歴などから、特定の企業がいま何に関心を持っているかを推定するデータを指します。自社サイトの行動ログ(ファーストパーティ)だけでなく、外部の複数メディアの行動データを統合した third-party のデータを提供する事業者も存在します。「ターゲット企業が競合製品の比較記事を集中的に閲覧している」といった兆候を捉えて、アプローチのタイミングを判断する使い方が代表的です。ただし、データの取得範囲や精度は提供事業者によって差が大きく、導入前に自社ターゲットをどこまでカバーできるか確認しておく必要があります。
また、ABMをさらに拡張した概念としてABX(Account Based Experience)という言葉も使われ始めています。マーケティング部門中心のABMに対し、ABXは営業やカスタマーサクセスまで含めた全部門で、ターゲット企業に一貫した体験を提供しようという考え方です。比較的新しい概念であり、国内での実践事例はまだ蓄積の途上にあるため、現時点では「ABMの発展形として議論されている方向性」と捉えておくのが妥当でしょう。
セールスイネーブルメントと営業連携
セールスイネーブルメントとは、営業組織が継続的に成果を出せる状態をつくるための、体系的な取り組みを指します。個々の営業担当者の努力や属人的なスキルに依存するのではなく、仕組みで底上げすることが狙いです。取り組み領域は概ね次の4つに整理されます。
| 領域 | 具体的な取り組み |
|---|---|
| 教育・研修の体系化 | オンボーディングプログラム、ロールプレイング、成功事例の共有 |
| セールスコンテンツの整備 | 提案書テンプレート、競合比較表、想定問答集、事例集 |
| ツール活用 | SFA/CRMでの活動記録、商談録画の分析、営業資料の管理 |
| 営業プロセスの改善 | 商談フェーズの定義、パイプライン管理、ボトルネックの特定 |
マーケティング部門が特に貢献しやすいのはセールスコンテンツの整備です。競合比較表は、比較検討中の顧客が最も知りたい情報でありながら、営業担当者ごとにバラバラの資料を作っているケースが多い領域です。マーケティング側で客観的な比較表を整備すれば、営業の準備時間が減り、説明の質も揃います。同様に、業種別の提案書テンプレート、想定される反対意見への回答集(オブジェクションハンドリング資料)、稟議用の投資対効果シミュレーションシートなども有効です。
営業とのSLA(サービスレベル合意)設計も重要な施策です。「マーケティングは月に何件のMQLを供給する」「営業は受け取ったMQLに何営業日以内に接触する」といった相互の約束を明文化します。数値を伴う合意があることで、成果が出なかった場合にどこがボトルネックだったかを冷静に検証できるようになります。
顧客維持・LTV向上フェーズの施策
BtoB、特にサブスクリプション型のビジネスでは、受注は終わりではなく取引の始まりです。新規顧客の獲得コストは既存顧客の維持コストより高くつくのが一般的で、既存顧客からの収益拡大は事業成長を左右します。
カスタマーサクセスによる継続利用の支援
カスタマーサクセスは、顧客が製品を通じて成果を出せるよう能動的に支援する機能です。問い合わせを待って対応するカスタマーサポートとは異なり、利用状況データをもとに「使いこなせていない顧客」を先回りして発見し、支援に入ります。
カスタマーサクセスの成果を測る代表的な指標には次のようなものがあります。
| 指標 | 内容 |
|---|---|
| チャーンレート(解約率) | 一定期間に解約した顧客数または金額の比率 |
| 更新率・継続率 | 契約更新のタイミングで継続した顧客の比率 |
| プロダクト利用率 | ログイン頻度や主要機能の利用状況 |
| NPS・顧客満足度 | 推奨意向や満足度のスコア |
| エクスパンション収益 | アップセル・クロスセルによる既存顧客からの増収 |
特にチャーンレートは、金額ベースで見るか顧客数ベースで見るかで示す意味が変わります。小規模顧客が多く解約しても金額影響が小さい場合と、大口顧客が1社抜けた場合とでは、打つべき手が異なるためです。両方の視点で追うことが望まれます。
具体的な施策としては、導入初期のオンボーディング支援、定期的な活用状況レビュー、活用ノウハウを届けるコンテンツ配信、利用が停滞している顧客へのアラート設計などが挙げられます。
クロスセル・アップセルとリファラル
アップセルは上位プランや上位モデルへの移行を提案すること、クロスセルは関連する別製品・別サービスを併せて提案することです。いずれも既存顧客が対象のため、新規開拓に比べて成約に至るまでのコストが低く抑えられます。
成功のポイントは、提案タイミングを利用データから判断することです。「契約プランの上限に近い使い方をしている」「特定機能を頻繁に使っている」といったシグナルを検知して提案すれば、押し売りではなく課題解決の提案として受け止められます。
リファラルマーケティング(紹介施策)は、満足度の高い既存顧客に他社を紹介してもらう仕組みです。BtoBでは同業種のネットワークが強く、紹介経由のリードは初めから信頼が前提にあるため、商談化率・受注率が高くなる傾向があります。
ユーザー会・コミュニティ運営も、顧客維持とリファラルの両方に効く施策です。顧客同士が活用ノウハウを交換する場をつくることで、製品への愛着が高まり、そこで生まれた成功事例が新規顧客向けのコンテンツとしても機能します。
NPS等の満足度調査は、顧客の推奨意向を定期的に測定し、改善点を洗い出す施策です。低評価の顧客には解約前にフォローに入り、高評価の顧客には事例取材や紹介を依頼する、といった形でアクションにつなげることが前提になります。
施策を成功させるための共通ポイント
ここまで施策を一覧してきましたが、すべてを同時に実行することは現実的ではありません。最後に、施策選定と運用の考え方を整理します。
自社の現在フェーズを診断し、優先施策を絞る
最も避けるべきは、「他社がやっているから」という理由で施策を並行して増やすことです。リソースが分散し、どの施策も中途半端な結果に終わります。
まずは自社のボトルネックがどこにあるかを数字で確認してください。診断の目安は次のとおりです。
| 状態 | ボトルネック | 優先すべき施策 |
|---|---|---|
| そもそもサイト訪問者が少ない | 認知 | SEO、広告、プレスリリース、展示会 |
| 訪問者は多いがリードにならない | リード獲得 | ホワイトペーパー、ウェビナー、フォーム改善 |
| リードは多いが商談にならない | リード育成 | メール施策、MA、インサイドセールス、事例整備 |
| 商談は多いが受注率が低い | 商談・受注 | 競合比較表、提案資料の標準化、営業教育 |
| 受注できるが解約が多い | 顧客維持 | カスタマーサクセス、オンボーディング設計 |
数字で見るときは、各フェーズの転換率(歩留まり)を出すのが有効です。「セッション数→リード数→MQL数→商談数→受注数」と並べ、極端に落ち込んでいる箇所が改善すべきポイントになります。訪問者が月1,000で商談が月1件なら、問題は流入量ではなくコンバージョン設計にあると判断できます。
そのうえで、リソースと即効性のバランスを考えて2〜3施策に絞ります。人員が1〜2名の組織であれば、施策を増やすよりひとつの施策の精度を上げるほうが成果につながりやすいのが実情です。
KPI設定と継続的なPDCA、営業との連携
施策ごとに、追うべきKPIを事前に決めておくことが欠かせません。ここで陥りがちなのが、リード数だけを目標にしてしまうことです。リード数を目標にすると、質を問わず数を集める方向に運用が傾き、営業が対応できないリストばかりが積み上がります。
KPIは、必ず最終的な事業成果(受注・売上)から逆算して設計してください。例えば「年間受注24件、受注率25%、商談化率10%、MQL化率20%」という前提なら、必要なリード数は逆算で導けます。この形で設計しておけば、どの数値が計画を下回っているかが明確になり、改善の議論が具体的になります。
また、施策の評価期間はフェーズによって変える必要があります。リスティング広告なら1か月単位で判断できますが、SEOやコンテンツマーケティングを1か月で評価しても意味がありません。施策の性質に応じた評価サイクルをあらかじめ合意しておくことが、短期的な数字に振り回されないための備えになります。
データを見る環境の整備も前提条件です。Web解析ツールでサイト上の行動を、MAでリードの行動履歴を、SFA/CRMで商談と受注を記録し、それらがつながって見える状態を目指します。ツールが分断されていると「どの施策から受注が生まれたか」が追えず、投資判断が勘に頼ることになります。
そして最後に、繰り返しになりますが営業部門との連携です。BtoBマーケティングの成果は営業活動を経て初めて売上になるため、両部門が別々のゴールを追っている状態では機能しません。定例で商談内容を共有する、営業がよく受ける質問をコンテンツ化する、失注理由を分類してマーケティング施策にフィードバックする。こうした地道な往復が、施策全体の精度を上げていきます。
まとめ
BtoBマーケティングの施策は数多く存在しますが、闇雲に試すものではなく、顧客の購買プロセスに沿って配置するものです。本記事の要点を整理します。
- BtoBは組織単位の購買であり、関与者が多く検討期間も長い。BtoCとは施策設計の前提が異なる
- 施策はカスタマージャーニーの5フェーズ(認知・リード獲得/育成/商談・受注/顧客維持)で整理すると全体像を把握しやすい
- リード獲得フェーズでは、SEO・ホワイトペーパー・ウェビナー・広告などのオンライン施策と、展示会・セミナー・DMなどのオフライン施策を目的に応じて使い分ける
- リード育成フェーズでは、メールマーケティングとMAで接点を維持しつつ、インサイドセールスが確度を見極める。MQL・SQLの定義を営業と共有することが前提になる
- 商談・受注フェーズでは、ABMによる重点企業への集中アプローチと、セールスイネーブルメントによる営業支援コンテンツの整備が有効
- 顧客維持フェーズでは、カスタマーサクセスによる継続支援、アップセル・クロスセル、リファラルやコミュニティ運営がLTV向上に寄与する
- 成功の鍵は施策の数ではなく、自社のボトルネックを数字で診断して優先順位を絞ること、受注から逆算したKPIを設計すること、そして営業部門と連携し続けること
施策の一覧を眺めて焦る必要はありません。まずは自社の「セッション数→リード数→商談数→受注数」を並べ、どこで数字が落ちているかを確認するところから始めてみてください。取り組むべき施策は、そこに現れます。
